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by jq1ocr

劫の話

ここ数日インドづいていまして,ことあるごとにインドのことをいろいろ調べています.ところでインドといえば仏教が生まれたところですね.で,仏典の話を調べていると,未来永劫の「劫」(こう)の話が出てきました.

[劫]というのは時間の単位で,億年とか兆年では表現できないほどの長さだそうです.どのくらいかというと,「芥子劫(けしこう)」という話が出てきまして,縦横高さがそれぞれ1由旬(7km)の鉄で出来た大きな城に芥子粒を満たし,100年に一度,中の芥子粒を一粒取り出す.そして,その城の中の芥子粒を全て取り出しても1劫には達しないらしいです.

これではよく分からないので,仮にすべて取り出したときが1[劫]であると定義します.7[km]を城の内法とし,また芥子粒の大きさを直径0.5[mm]の球(それも剛体,要するにつぶれない)であるとします.問題となるのは芥子粒の入れ方ですが,ここではケプラーの球体充填問題を検討します.
劫の話_d0106518_14442423.jpg

代表的な球体充填方法

同じ大きさの球を単純立体格子構造で充填すると,立方体に対する球体の体積(=充填率)は53%,面心立方格子だと74.04%です.この面心立方格子が長い間最高の充填率(最密充填構造)と考えられていました.しかし,これは規則的な配列の場合で,不規則な場合は分かっていませんでした.実は長い間この問題は数学における大きな課題の一つなのですが,50年ほど前に77.97%を超える配置がないことが C. A. Rogers によって証明されました[1]が,しかし,それは如何なる条件であってもこの密度を超えることがないということであって,その密度を実現できる,最密充填構造が存在する証明ではありません.実際に20年ほど前には77.84%が最密である証明がされています.しかしこれもその構造が明らかなわけではありません.そこでここでは,実際に構造が既知である面心立方格子を,実在する最密充填率として, 74.04% を採用します.

さて実際の計算に入りましょう.まず入れ物の体積 Vc を求めます.
Vc=70003=3.430 x 1011 [m3]
芥子粒の体積 Vp は球の半径を r とし
Vp=(4/3)πr3=5.236 x 10-10 [m3]
ですから,容器中の芥子粒の数 n
n= 0.7404Vc / Vp=4.850 x 1020
となります.100年に一粒とり出すので,
1[劫]=4.850 x 1022[年]
となります.接頭語は1024まで決まっており,それはY(ヨタ)です.そんな接頭語使うなんてヨタ話なんじゃないの?ということからヨタになった.というのはウソです(*1)が,そんな話は置いといて,1021はZ(ゼタ)なので,1[劫]=48.5[Zyear]ということが分かります.(仏典による劫の定義からすれば実はそれより長いのですが.)宇宙が生まれたのが140億年前だとすると,宇宙誕生から今までの346億倍以上の時間となります.

さてなぜこんな長い時間の単位があるかというと,仏の修行が完成するのに必要な時間を表現するのに使うそうです.また成仏には3[阿僧祇劫]が必要とされており,阿僧祇とは1064とか1056との説がありますが,ここでは1056を採用すれば,成仏には1.455 x 1079[年]必要だということになりますね.すなわち過去には仏の修行も,成仏した人もいないということになるのでしょうか.インドおそるべし,ですね.

そのまえに鉄の容器がそんなに持たないんじゃないかとか,芥子粒は剛体じゃないんじゃないかとか,全部出す前に地球は太陽に飲み込まれてしまうだろうとか,変な知恵をつけた現代人は思ったりしてしまうわけですね.でもそんなこともふくめて「色即是空空即是色」と喝破するあたり,哲学の盛んなインドの奥深さを思い知る今日この頃なのでした.

(*1)ヨタ話のヨタは,落語で与太郎という少し間の抜けた人物が登場する噺があることから.接頭語のヨタ(yotta)はイタリア語の8を表すottoに由来するotta(オタ)が語源.

参考文献
[1] C. A. Rogers,"The Packing of Equal Spheres,"Proceedings of the London Mathematical Society, s3-8, pp.609-620, 1958.
Commented by BWT at 2007-08-08 13:40 x
なんだか良くわからないけど、こういう話は大好きです。
そうだなー、「アルプスの少女ハイジに出てくるブランコの長さを検討する」とドッコイドッコイかな。

#メガマックに続いて、ギガマックやテラマックって出てくると思いますか?

Commented by jq1ocr at 2007-08-08 14:40
ハイジは空想科学読本に出てる記事ですね.ウルトラマンの話もあったような.まああれがどれくらい科学的なのかは分かりませんが,工学と哲学は根っこが一緒なので,こういう話も好きなのです.どっちかというと「トリビアの種」に近いんじゃないかと.あの「やってみた」は是非一緒にやってみたいことが多かったですね.お呼びがかかればすぐ行くんだけど,うちはフジのコネは弱いらしい.残念

# メガマックエクストラがバカ売れするようになったら,出てくるかも知れませんが,どうでしょうねぇ.私,マックあまり行かないから.....モスは行くけど.メガモスは食べてみたいなぁ.
Commented by 盛佳 at 2008-03-09 21:35 x
劫のお話なかなか面白いですね。
ところで、「20年ほど前には77.84%が最密であると証明」の根拠(引用文献)を教えていただけませんか。
ケプラーの仮説が1998年に証明されたという次の話もあって、困っています。
http://www.b.dendai.ac.jp/~physchem/member/ru_i.ke/etc/hiddenfcc.pdf
近く空間率の解説記事を書くのでできるだけ早めにご教授いただければ幸いです。
Commented by jq1ocr at 2008-03-09 22:43
盛佳さん
参考文献は確かにどこかで見たのですが,だいぶ前の事なので忘れてしまいました.お書きになった pdf に紹介されている文献を当たってみてはいかがでしょう.google scholar で検索してもかなりたくさん出てくるので,答えは見つかると思いますが.
Commented by 盛佳 at 2008-03-11 23:04 x
探し方を教えて頂きありがとうございました。
そういうサイトがあることを忘れていました。

それで、Thomas C. Hales の1998年の論文が分かりました。
そこには、conclusionとして、
This completes the (abridged) proof of the Kepler conjecture.
と書いてあって、ケプラーの仮説を証明したそうです。
それに従えば、面心立方格子の74.04%が最大ということになります。
論文誌というのは、査読もあるし、大抵は権威があります。
しかし時々撤回されるようなこともあるので、何とも言えません。
それはさておいて、

Packing  sphere  close  random などで調べてみましたが、
結局記事に書いてある77.48%は見つかりませんでした。
少し間をおいて探してみることにします。
しかしもしお時間がありましたら、検索キーワードを思い出して下さい。
Commented by 盛佳 at 2008-03-11 23:07 x
失礼。77.84%でしたね。
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by jq1ocr | 2007-08-08 02:29 | 徒然話 | Comments(6)